目黒雅叙園「昭和の竜宮城」 と 大円寺の石仏像 見学


雅叙園 1階の壁画
(板を彫って彩色したもので、創立当時のものを彩色し直したそうです)

2008年4月7日(月) 大人の休日のツアーで目黒へ友人と二人出かけてきました。

【1】 大円寺・行人坂

目黒駅の改札口前に午前10時に集合。そこには大人の休日センターの人と、雅叙園の案内人が待っていました。

行人坂に移動して案内の人から説明をききました。

  

駅前の大通りは権乃助坂(菅原権乃助が江戸時代に住民の為に納税に反対し処刑された時、引き回 された事に由来する坂)

それに平行するようなのが行人坂です。坂の上からは富士山が良く見えたそうです。
「富士見茶屋と夕日の岡」の立て看板がありました。

  

  

坂を下りて行くと途中に
勢至菩薩石像を祀ったお堂があります。

下の写真をクリックして下さい。大きくなります。
  

次は石仏群で有名な大円寺へ。


大円寺
この寺は、寛永年間(1624年〜1644年)湯殿山修験道の行者大海が創建したのに始まると伝えられる。
1772年(明和9年)2月に発生した(明和の大火・行人坂火事)の火元となった寺であることから、
江戸幕府から再建の許可が得られなかった。
江戸時代後期の1848(嘉永元年)になって薩摩藩主島津斎興の帰依を得て、その菩提寺としてようやく再建された。
明治に入り隣接した明王院がこの寺に統合されている。

  

     

このお寺には

木造「清涼寺式釈迦如来立像」(国指定文化財)
  この像には白銅菊花双雀鏡という鏡と
  女性の髪の毛などが納められていて
  「生身の釈迦如来像」とも呼ばれています。

木造「十一面観音立像」(区指定文化財)

が有るようですが拝観出来ませんでした。

この御手洗は人が前に立つと水がでます。

↓ をクリックして下さい。動画になります。
   

   

       


この石仏は、行人坂の大火と呼ばれる、明和9年(1772)の大火事の犠牲者を弔うために、
石工が50年もの歳月をかけて完成させたものです。
なにしろ 大円寺から出たとされる火は、またたく間に燃え広がりなんと今の山手線を軽くまたぎ、
神田、浅草、千住のほうまで江戸の大半を焼け尽くしてしまったのです。
このとき、江戸城のやぐらも焼け落ちてしまったため、お寺は76年もの間、再建することを許されませんでした。

  

悩みをとろけさせてくれる「とろけ地蔵」 として、信仰を集めているとか。
江戸時代に、漁師が海から引き上げた、ありがたいものだそうです。

  

  

          

目黒川は桜の名所の一つに数えられますが、もう散ってしまっていました。
下右が太鼓橋です。この時、雨が降り出しましたので、雅叙園の駐車場に逃げ込みました。

  

次は雅叙園です