目黒雅叙園「昭和の竜宮城」 と 大円寺の石仏像 見学


雅叙園 1階の壁画
(板を彫って彩色したもので、創立当時のものを彩色し直したそうです)

2008年4月7日(月) 大人の休日のツアーで目黒へ友人と二人出かけてきました。

【2】 目黒雅叙園


目黒雅叙園

昭和3年、春。石川県出身の創業者の細川力蔵が、東京芝浦に純日本式料亭「芝浦雅叙園」を創設。
のち、昭和6年、江戸名所のひとつでもあった目黒に広大な土地を購入、「目黒雅叙園」を創設した。
廊下だけでも数百メートル、延坪八千余坪、部屋数二百余室。絢爛豪華な東洋一の美術の殿堂として賑わいを見せた。

本格的な北京料理や日本料理を供する料亭だったが、メニューに価格を入れるなど当時としては斬新なアイディアで
軍人や政治家、華族層以外の普通市民の料亭利用者を増やした。
また、中華料理店で一般に見られる円形のターンテーブル(二層構造の円形テーブル)も細川力蔵の発明で、
その後に中国大陸へ伝わったものである、という説もある。
しかしLazy Susanと呼ばれるターンテーブル自体は、
18世紀のイギリスにすでに存在していたので、細川力蔵の発明と断言はできない。

昭和初期に建設された木造の旧館においては、敗戦直前の昭和19年頃まで、
戦時下の国民が苦しい時局や贅沢禁止令下にもかかわらず、大勢の著名な画家や彫刻家、塗師が出入りし、
あるいは泊り込み、部屋ごとに女中と書生付きで数年にわたり内装や絵画作品を完成させたという。
金泥の制限で時局の悪化を知ったという画家の逸話もある。

目黒雅叙園(旧木造館)は太宰治の小説『佳日』にも登場する。
絢爛たる装飾を施された園内の様子は 昭和の竜宮城 とも呼ばれ、
保存建築「百段階段」は国の登録有形文化財に登録されており、
映画 千と千尋の神隠し の湯屋のモデルにもなったもので、
通常は公開されていないが、希望者は申請すれば観覧が可能となっており、
定期的に食事とのセットで一時公開されることもある。

地下の駐車場から1階へのエレベーターでまず吃驚しました。螺鈿が施されているのです。
これらの装飾は1991年の全面改修の際、韓国の漆芸家・全龍福(チョン・ヨンボク)によって新たに制作、もしくは修復されたそうです。

一階入り口脇からギャラリーホールへのエレベーターのドア(左)  内部(右) 
  

ギャラリー ホール の エレベーターのドア

全部、螺鈿が施されています。

このエレベーターホールから奥の木造建築部分に入り、百段階段を上っていきました。
しかし、ここから先は有形文化財になっているので撮影禁止でした。

目黒・行人坂の山腹に建てられた細長い木造建築には、百段階段(実際には九十九段)の
廊下に沿って全部で6室の披露宴会場があります。
当時の名だたる建築家(棟梁)や芸術家が結集し、天井や壁の装飾に腕を振るいました。
部屋ごとにテーマやトーンが異なり、螺鈿細工や浮き彫り彫刻、組子障子など贅の限りを尽くしてあります。
上の方の宴会場は富士山が一望でき、ことのほか評判が良かったそうです。

パンフレットからお借りしました。

  源氏物語×百段階段   
人形師寿三郎が創る千年恋物語

百段階段に人形を展示するようです。

見学を終え、一階ロビーへもどり、豪華絢爛な館内を歩き、エスカレーターにて?階の竹林の間へ。

一階ロビー
  

  

アトリウムガーデン

  

建物の中に また 建物が。日本料理 『渡風亭』

  

竹林の間 で 昼食

  

  

食事の後は自由行動・解散でした。

何とも豪華なトイレ
入り口を入ると螺鈿の壁がお出迎え。
  
さらに進むと、川が流れ朱塗りの橋を渡って個室へ(右)
華やかな天井(左)
  

一階の廊下には大きな壺や、御神輿がならんでいます。

↑ をクリックすると動画になります。

外へ出ると雨も上がり、行人坂を上って帰宅の途につきました。

このツアーは「大人の休日倶楽部」会員は見学・昼食付きで ¥6,800円でした。

写真が沢山載っているページを見付けました。御参考までに。
http://www.kokoro7.sakura.ne.jp/gajyoen-1/tm_bd_wp1.htm

2008年4月20日作成