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 長々と一人よがりの繰り言にお付き合い頂き有り難うございました。ここで姓名判断に関する私の見解を記しておきたいと思います。まず姓名により人生は左右されると確信しています。私自身、周囲の者、有名人等のサンプルを見ると、そう断じざるを得ません。総格、人格に 2,4,9,10,12,14,19,20,22,28,34,44等の凶数を持っている方は改名をお勧めします。正式でなくても通称でよいのです。
 姓名判断に関する理論・理屈は熊崎姓名学の「姓名の神秘」(紀元書房)を参照して下さい。同じくこの本をベースにしている野末陳平氏の「姓名判断」には「占いを深刻に考えてはいけません。占いはあくまでレジャーであり、レクレエーションです。・・・」と記されています。しかし姓名を軽々しく扱うことは生命に関わることなのです。野末氏にしても冗談やおちゃらけで陳平を名乗っているとは考えられません。本人も記しているように、本名の野末和彦では不安に思えたのでずっと野末陳平で通しているのでしょう。
 勿論姓名判断だけで人生のすべてが決まるわけではありません。総格が凶数の方でも立派に(少なくとも表面上は)人生を送っていられる方は大勢いられます。他方、これといって凶数がないのに犯罪者となる人もいます(特に近年多くなっています)。生物学者によれば、たいていの遺伝子は短期で消滅していきますが、なかに先祖伝来、延々と受け継がれてゆく遺伝子が存在するとのことです。人生の転機、例えば不幸があって、それをものともしない意欲があるか、あるいはそこで短絡的に凶行に走るか、それとも絶望の末自ら命を絶つか、その分かれ目は遺伝子、姓名、環境によると考えています。
 本来遺伝子から受け継いだ気質が穏やかなものであったとしても、今日のようなインスタント食品が蔓延した食事情、教育不在の文化生活等により、我慢が出来ず凶行に走るといった例が多々見受けられます。基本的に学校は知識を教える所であってそれ以上のものではありません。ところが教育はすべて学校が教えてくれるものと、親も社会も自分の都合の好いように勝手に決めつけて、社会教育というものを真剣に考えようとはしません。学問は独学でもある程度出来ますが、社会教育の独学は難しいのです。出来てもそれは多少とも歪んだものになるでしょう。勿論学校でも、クラブ活動や友達付き合い等で学ぶところもあるでしょうが、社会生活の教育は家庭、地域でのコミュニケーションにより学ぶものです。それが今ないのです。
 私は団塊の世代です。私の子供の頃はそれらが段々薄れてきた過渡期だったように思われます。でも私達にはそれに代わるものが有ったのです。テレビです。当時から子供の学校以外の時間はテレビが大半を占めていました。そこで私達は「名犬ラッシー」、「ホームラン教室」、「パパは何でも知っている」といった番組から、或いは西部劇からでも社会の仕組みを学び、学校、家庭、友達間での問題、悩みなどの解決法を、そこで暗示されたものから汲み取ったのです。そしてそれはたいていの場合正解だったのです。なぜならそういった番組のバックボーンはヒューマニティだったからです。
 でも今はそれがありません。視聴者参加番組や、「あはは」と笑ってそれでお仕舞いといった、毒にも薬にもならない(だから芸も要らない)芸人同士の四方山話のようなトーク番組、或いはこれでもかという感じのグルメ番組であふれています。勿論こういった番組も必要でしょう。私も昔は芳村真理と久米宏の司会のグルメ番組が毎週楽しみでした。でもせいぜい週にどこかの局で一、二本もあれば十分です。少年の悩みなど知ったことかという番組ばかりです。
 そうして途中で切り、もう一度同じ箇所を見せるという、CMの出し方にしても露骨に品性の賤しさを表しています。スポンサーからのクレームも無いようです。日本に誇りある人はいなくなったのでしょうか。
 生まれて初めて見た子供はそこに、さもしい、下卑た、卑らしさも感じずに生長します。これは恐ろしいことです。僕たちはそういう子供を育ててきていたのです。そうして彼らは今、日本中で、我が子を殺し、親を殺すことで植え付けられた本性のままの自己を主張しています。
 少子化の今、TV番組の子供に与える影響はますます大きくなっていると思います。今の30過ぎの大人でさえ、その頭脳の中は10才前後と思える事例が珍しくありません。昨今の事件の多くは、その行為は子供のものと感じられさえします。幼児は虫を引きちぎったりします。それが大きくなるにつれ、昆虫が蛙になり、犬・猫になり、果ては子供、大人にまで同じことをするようになります。体も年齢も大きくなっているのに、幼児と同じ行為をすると、その結果は甚大なことになるという認識が出来ないのです。こういった事は神戸の少年の事件よりずっと以前に危惧されてしかるべきだったのです。しかしあれ以降も次々と類似の事件が起きているのに、批難、憂慮するだけで「心の闇」というような抽象的な言葉に置き換え納得しています。彼らに「心の闇」などはないでしょう。或る意味彼らは自然の行動をしているだけかも知れないのです。
 最近私はごく普通の女子高生が数人、昼の休み時間に学校の廊下に座り込んで、和気藹々と弁当をひろげている光景を目にしました。私には彼女らと神戸の少年の間にさほど距離があるようには思えません。昔なら成長につれ、幼児的行為は卒業していくのですが、今は体が成長しても精神の成長がSTOPしたままに思えます。なにも彼らだけではありません。昨今は中年のサラリーマンらしきおじさんも電車の中で漫画雑誌を拡げています。中年だから漫画を読んではいけないとは言いません。でも私には40過ぎの大人が衆人環視の中で少年雑誌に読み耽っているのは、エロ本を拡げているより異様に映るのです。つまり外見(仕事上も)の普通さと内面のアンバランスな人が増えているように思えます。彼らの内面は何でも有りのバリアフリーです。勿論アンバランスという認識もないでしょう。奇麗な顔立ちの女性が汚い言葉を使うのを見ると、むしろそれ(バリアフリー)を誇示しているようにさえ思えます。言葉は思考を作ります。うら若き乙女が'おかん'などと言ってる社会からは殺人事件はなくならないでしょう。
 こうなると姓名判断の出る幕はないかもしれません。昔は犯罪者というのはそれなりの名前だったのです。例えば児童誘拐殺人犯の小原保など、名前だけで悲惨な人生を歩んできたこと分かります。彼らには凶行に走る要因が有ったのです。ところが今の犯罪者には、普通に真面目に働きさえすれば犯罪などとは無縁であるはずの名前が見受けられるようになりました。つまり食うための止むに止まれずといったものでなく、自分の欲望を満たすため、退屈だからいじめる、遊ぶ金ほしさに殺す、或いは咎められたから殺すといった贅沢な、また自己都合的な犯罪が増えてきました。そういう人には姓名判断は余り力にはなれないでしょう。また、いくら幸運の名前を付けようと、生きて行く上での最低限の努力さえ惜しむ人には宝の持ち腐れです。あくまで一所懸命生きているのに上手くいかないという人、或いはこれから人生に踏み出す子供の名付けの参考にしていただきたいのです。
 最近の例として、堀江貴文氏を取り上げます。彼の総格は34です。この数は大凶です。一名、奇人変人運ともいわれます。名を上げるのは早いのですが、続かないのです。34画で思い出すのは田原成貴です。抜群のセンスで洋一の後は彼だと言われたものです。同じ頃の河内洋の鈍臭さと対照的でした。しかし現在は23画の河内や南井とは全く立場が入れ替わっています。有名人もきわめて少なく、思い浮かぶのは、渥美清、森村誠一、藤田まこと等です。この3人は、パターンが渥美清が18,25,23,21。森村誠一が17,25,18,25で、藤田まことが32,27,23,17と、いずれも25、23(32も23に近い)が2つ以上あり強力で、34の凶運を補ったと思えます。とはいえ、内面にかなり悩み、苦労を抱えてきたと勝手に想像します。
 結婚後34になった女性は不幸です。一生苦労がついて回ります。私の母、叔母がその通りの人生を送りました。
 尚ライブドア事件で自殺したとされる野口英昭氏も34画です。それだけ堀江氏との縁も深かったと言えます。
 もう一つ平塚の5遺体の一つ岡本利加香さんも34画です。彼女は他にも12、22の短命数を持っています。岡本千鶴子容疑者が子供に吉数を付けていれば、利加香さんも死ななくてよかったし、岡本容疑者も殺さなくてもよかったかもしれません。岡本容疑者は40画の凶数です。子供の名が凶数で、自身にも凶数が有ると、その凶意が子供だけでなく、自分にも跳ね返ってきます。従って子供の名は慎重に付けるべきです。
 蛇足ついでにもう一つ。ここのBGMの朱里エイコをエイ子にしているのは願望を込めてです。朱里エイコは20画ですが、エイ子にすれば21画になります。女性の21画は森光子、和田アキ子に代表されるように、家庭運に難は有りますが社会的には強大です。朱里エイ子にしていれば、もう少し違った生涯を送ったと思われます。
 同じように女性の33画も黒木瞳、松坂慶子、細木数子と男性同様に強大ですが、太地喜和子的運命も訪れる事があります。特に細木女史は他に14、19といった凶数が有りますので、突然**という事態になる可能性を秘めてます。来年からの3年間はご注意される方が好いと思います。なおこの3人もパターンに黒木瞳が25,17,25,18。松坂慶子が25,18,19,16。細木数子は22,18,25,22とブレイク数の25を持っています。
 また女性の39画も男性(三船敏郎、湯川秀樹等)同様強力ですが、林真須美に代表されるように、悪女として名を上げる女性が多いので避けた方がいいでしょう。他に野村監督夫人、野村沙知代さんも39画です。