10月16日
 みなさまご無事でしょうか。私はさいわい元気も元気、いつもニコニコほがらか独身貴族のままつつがなく、いろいろやっております。
 3月11日の地震のとき、私は埼玉の自宅でPCに向かってなんらかの仕事をしていました。新宿にいるボスとメッセでやりとりしたあとまもなく、地震がきまして、あれよあれよのうちに気がつけば立ち上がってPCとモニタをおさえていました。モニタ上のつまらぬ食玩フィギュア類がぽろぽろ落ちてゆくのを見て、これは尋常じゃない。なみの地震ではない。ヤバイんじゃないかと思ったが、おもてに飛び出すでもなく、たんにPCの電源を切る決意をかため、それを実行しただけであったとは、まあ、いざというとき、できることってそんくらいですよね。
 で、そんな英雄的活躍により、電源を切るという困難なミッションに成功したところで、ゆれがおさまったかんじです。
 すぐにテレビで確認すると宮城のほうだという。そんなに遠かったかとおどろき、そして現地はどうなってしまったのかと心配になった。
 それと同時に家のなかを確認してみたが、べつだん派手にやられた部分もなく、あとで聞いたかんじでは埼玉でもかなり地域差があったようでした。
 以後は親族や友人を心配することも忘れて、ずっとテレビにクギづけでした。身近な人たちは、なにしろ身近なんだから、おれが平気ならみんな平気だろうと、そのときは妙に薄情でしたね。それよりもとにかく宮城が心配だった。住民の安否を思いやってというより、ただ「なにがおきているのか」を猛烈に心配していたのだと思います。ようするに野次馬根性ですわな……それで例の若林区を襲った津波の、むごたらしい映像を見ていました。ぜったい助からないだろう自動車が逃げるのを空からじっと見ていました。がんばれとも思えませんでした。ただただ、ああ……と、おそらくは絶望感だったろうものだけがありました。
 阪神大震災のときの中継映像は、ふしぎと現実感がなかったのですが、今度のはなぜかすごくリアルでした。というか、画面のあっちが現実で、こっちが虚構だという錯覚さえおぼえ、その倒錯は現在までつづいている実感があります。
 うまいことを申せば、あの津波に私の現実も呑みこまれてしまった。あれからいままでつづく、原発の危機とか停電騒動とか物資欠乏とかも、あの日いきなり乗っ取られたイカレた新現実であって、それより前に私が生きていた現実の世界はもうどこにもない。これが悪夢のようならむしろ話は単純だ。これがより現実らしい気がするから始末がわるい。
 ともあれそんなわけですから、私はこの新しい現実をより現実らしい現実として、わりとすなおに受け入れています。そうしてさほど悲観的でもありません。ここ数日のあいだ、日本人の日常はズタズタにされていますが、新しいエポックの始まりが予感されています。この体験はわれわれの価値観を少なからず変えるでしょう。その結果この世のなかに、おもしろいことが増えるかもしれない。いままで思いもよらなかった愉快なことが、ざくざく発見されるかもしれない。ここからの復興は、たんなる復元では済まない。済ませてやるかよ。と、そんな気もちでいる次第です。
 このへんは、震災でなにも失っていない人間だからこその、能天気な感覚だろうと思います。不快に思われるかたがおられましたら申し訳ありません。また、失ったものがあったかたには、こころよりお悔やみ申しあげます。
 いろいろと心配で、今後もどうなるかわかりませんけど、とりあえず私はこのイカレた新現実のうえに平凡な日常を再構築すべく努力しているところです。このさい放射能や停電もわが日常の一員にむかえ入れてやろうと思ってます。どんとこいですよ。ええ、ヤケのヤンパチですよ。こうなりゃもうQue sera seraですわな。

 

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(C) Eishi Kon, 2011 <<<<12/31